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(空中都市)
翌日からはウソのように仕事の依頼が殺到した。現場中にも長谷川のケータイは鳴りっぱなしになった。
これもホームページ効果なのか?とオレと荒井は、ただただ感心した。
仕事のほうはまず最初は面接してからなので、長谷川の家には大体いつも人がいた。面接その他、事務的なことは松田に全て任せた。
お客は、ほとんど松コースを選んだ。浮気の調査とか、嫌いな上司・同僚に嫌がらせしてくれ!とか、フラレた男の腹いせにとか。
(なぜか女の依頼が多かった)そんな下らないものばかりだった。
そしてオレ、荒井、ジャッキー、長谷川、田中は現場が終わると、せっせと嫌がらせに飛び回った。
大抵は客のターゲットの家に行って、犬のクソやボラの死骸をバラ撒いて帰ってきた。
そしてクソが無いときは誰かが代わりにケツを出してクソをしてきたり、わざわざ指を突っ込んでゲロを吐いたりもした。
浮気調査の方は、田中が女装して長谷川か荒井が腕を組んでホテルにシケ込む様子を遠めからカメラに取った。
時たまマジメに尾行したりもしたが、思うようなポラロイドは撮れなかった。クライアントからは罪悪感か?うしろめたさか?それとも、
そもそもの信用の無さからかなのか?不思議とクレームは、ほとんど出なかった。
それで、そんなイイ加減な仕事ぶりでも最初の内は客足は衰えなかった。
オレは昼間でも機能できるように、もっと仕事を効率的にやろう、と提案した。そしてオレと荒井は現場を辞めて、
オレはコンビニ、荒井は掃除夫として、2人とも夜中に働き始めた。でも本当は2人とも現場に行って、
重い物を担ぐのと早起きがツライので辞めただけだった。
オレはアパートを追い出されたので、昼間は長谷川の家で寝た。そして松田もチョクチョク長谷川の家に来ていたので、
オマエは食事当番、オレは昼寝、オマエは洗濯当番、オレはレンタル・ビデオを見る、とそれぞれの役割を決めていった。
その素直な性格か?イジメられキャラからか?松田は特別、文句も言わなかった。
そして起きると松田が作った塩焼きそばを食いながら、ぼんやりと映画を見た。
コンビニの仕事は思ったより楽だった。夜と明け方に2度弁当・惣菜なんかがトラックできて、週に1度雑誌、あとは生活用品諸々なんかが、
その都度トラックできた。そしてそれを出したり並べたり、伝票を切ったりした。
平日の夜中に来る客はやはり少なかった。水商売風のネーサン、酔っ払い、ちょっと醤油がない風なおばちゃん、
あとは不良少年、不良少女がガス・ボンベを買いにやって来た。
そして朝、乞食が弁当を買うとタダで付いてくるミソ汁を貰いにきた。たまには期限切れのサンドイッチも恵んでやった。
(しかしコレはオレの大事な食料でもあるからして、ムダには出来ない)
ときどき若手芸能人夫婦が来ることもあった。野球帽を深々と被り、真夜中なのにサングラスを掛けていた。
どう考えても本当は気付いて欲しい!という感じだった。そして食パン2斤と、こち亀3冊を買っていった。
店内にはいつも下らない有線の唄がかかってた。あとはずーっとマンガやらエロ本を読んで過ごした。
特にナイタイとアサヒ芸能がオレのお気に入りとなった。
バイトの相方は関西出身の長髪のメタル野郎だった。関西人のクセにいっさい冗談は言わず、
休憩中はスティーブ・ヴァイ・モデルのギターで、ずっと早弾きの練習をしていた。悪い奴ではなさそーだが、恐ろしく無口な男だった。
一方、荒井のほうは大変そうだった。なんでも空調ダクトの中をダイ・ハードのブルース・ウィルスのように走り回って、
業務用の薬品をばら撒いて、クソ暑い中を掃除するそうだ。仕事のあとに会うと、その薬品のせいでいつも便所でゲーゲー吐いていた。
ホテルの清掃とかが多く、こっそりそこの厨房に忍び込んでビールを飲むのが唯一の楽しみだそうだ。
天井裏はゴキブリとネズミの、糞と死骸と生きてる奴だらけだと愚痴った。その他にも、散々愚痴るのでオレは
「なんだか知らねーけど大変そうだなー」
と気の無い返事をした。
そして、そんな平凡な日々がしばらく続いた。
ある日、田中のバンドのライブがあるというので、いつもの連中で見に行った。
(現実)
今日は何があっただろうか? 今日も働いただけだ。こうやって忙しい日々を送って、働いて、きっと人間はみんな死んで行くのだろう…。
存在の理由なんて考えるのは金に余裕のある奴か、クソったれのロックスターか、18歳以下の退屈でアホなガキか、ヒマ人だけだ。
(これが噂のタイム・イズ・マネーか?)
もう1度考えて見る。今日は何があっただろう? ソーセージパンを食べた。カレーパンも食べた。タバコも吸った。
そして今、コーヒーカップで安ワインを飲んでいる。2、3回笑った。なんで笑ったかは忘れた。多分、そーしたほうが良かったのだろう。
そして何回かしゃべった。何をしゃべったかは忘れた。きっと、そーするほうが良かったんだろう。
「これどーする?」「上か?下か?」「何枚か?何回か?」「今日は忙しいね」「案外ヒマだね」「すいません」
「おはようございます」「お疲れ様」「雨か?晴れか?」こんなどーでもイイことをしゃべった。
(空中都市)
ライブハウスに来ていた。
「もちろんタダだろ?」
「勘弁して下さいよ!ノルマとか大変なんすから!」
と田中は泣きを入れた。
「なんだよ!金取んのかよー?ケチくせーな!しゃーねー長谷川、金貸して」
「えー、こないだのクラブも払ったじゃん!」
と言って渋々サイフを出した。それにつられてオレも金ねー、オレも、オレも、となって、結局、長谷川は5人分のチケット代を払った。
金を受け取ると田中は
「うちらトリだから楽しんでってくださいね!」
とほざいた。
そして酒など飲みながらウダウダしてると、1人の女が深々とアタマを下げてステージに現れた。
霊能力者のような、インチキ占い師のような赤い衣装を着ていた。そしてギターのエフェクトらしき物を押したりハズシたり、
引っぱ叩いたりすると「ピーーゴォーーピーーゴォーー」と約15分間続いて、最後にドラをゴーンと鳴らして、深々とお辞儀をして、
裸足でステージを降りていった。
「俺たちもサンダーとか電ドリとか使えば、あれに対抗できるかもな? ちょっとなんつーの?アバンギャルドつーの?
んな感じでイイんじゃねー?」
「いやー、なんかそんなバンドいなかったけ? なんとかかんとかノイバウテンだっけ?」
「そっか…」
思いついたことをすでにやっているバンドがあるとわかると、荒井はションボリ肩を落とした。
その後は似たり寄ったりの普通のバンドが続いた。そしてやっと田中のバンドの出番となった。
重苦しく大げさなSEが鳴り響き、演奏が始まった。まず7弦ギターの2人がリフを弾きだした。そしてピッコロ・スネアのドラムと、
少し歪んだ音のベースのリズムセクションがタイトに絡みあった。
おっ、これは少し期待できるかも?と思った次の瞬間、田中は何故だか知らないが“911”と書かれた星条旗のマントを羽織って、
ローラースケートを履いてステージに滑り込んで来た。そして流し目に早口で歌いだした。何を言っているかは全く聞き取れなかったが、
何やらサビは、「虐待!虐待!」と絶叫しているようだった。なんだかコーン・ミーツ・ジャニーズみたいだった。
1曲終わるとすっかり満たされたらしく、自分にうっとりしていた。そして、「調子どう?」「今日は楽しんでってね」
「ワッツ・アップ」「マザー・ファッカー」「イエーイ」「ガッデム」「リスペクト」「シット」「アス・ホール」
「チェキ・ダウ」などと知ってる英語をテキトーに並べ、ハイトーンで語尾を伸ばしてシャウトして、のた打ち回った。
途中で長谷川にダイブに行かせた。
「ダイブ?」
その意味がわからない様子なので、オレは…
「なんちゅーの?パラシュート部隊みてーもんだ。つまりあのステージが着陸点みてーもんだよ。ドーンと、こー…。
とにかく飛べば、イイんだよ!…」
長谷川はツカツカ歩き出すと、ステージの田中に向かってダイブした。
田中はローラースケートを思いっきり滑らせて豪快にすっ転んだ。しばらく長谷川はステージの上でバツ悪そうにしていた。
そして頭をポリポリ掻きながら降りてきた。オレと荒井は涙を流して笑った。
しかし田中はそのジャニーズっぽいルックスからか?追っかけのような女がステージの最前列で5、6人踊ってた。
途中で“ユッピー”などと黄色い声が上がった。
「ユッピー?“田中由紀夫”で、あのバカのことか?」
オレと荒井は目を合わせた。
「あんなブスに“ユッピー”言われてんぜー、情けねーな!」
そして明らかにおかしなテンションのまま、7曲が終わった。
ライブが終わると汗だくでワキガの臭いをさせながら、田中が歩いてきた。
「どうでした?」
「いやー良かったよ!ブラボー!」
と言って、荒井は手を叩いて田中を迎えた。あまりに成りきっていたので、それ以外は掛ける言葉も思いつかなかったのだろう。
(でも、あれがわざとならコイツもしや天才かもしれないとも思ったのだが…。まぁ、それはないな…)
「これからオレらだけで、飲み行きましょうよ!」
「他のメンバーとか、いいのかよ?」
「いいんすよ、アイツらイモだし、所詮オレのバックバンドっすから。まぁ事務所の方針つーか、
本来オレはソロ志向じゃないすっか? 元々こんなハコでやる器じゃないつーか、そんな感じっすねー」
と全く訳のわからないことを言って、すっかり空想の世界に浸りきっていた。やれやれオレの方はどうせヒマだし、
タダ酒でも飲み行くかっつー感じだった。そして荒井が
「じゃー、オマエのおごりでなぁ!」
と『太陽にほえろ』のボスの真似で田中に答えた。もちろん田中には、その意味が全く通じなかった。
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