『Run Rabbit Run』 トップページへ戻る
第8話:長谷川とバスガイド






(現実)
 今日も面接だった。よく晴れていた。それが、どうした?という感じだった。風が強かった。
片道40分も自転車を飛ばした。港の近くの工場だった。潮の香り、などという気の利いたものはなく、 ただ、ひたすら寒いだけだった。従業員はムダ口ひとつ叩かず働いていた、笑い声も無かった。 そして幸せそうにも見えなかった。オレと同い年の奴がもう1人面接に来ていた。スガ・シカオに似ていた。 気さくな奴で帰りの近道も教えてくれた。

隣に並んで自転車でいっしょに帰ってくる時、ふと、キレイな女優の顔を思い出した。 こいつがアノ女優だったら帰り道もさぞ楽しいだろうな、などと下らない想像をした。 オレのような寂しいオトコや寂しいオンナ達の、この手の下らない想像の為だけにキレイな女優やハンサムな 俳優は存在しているのではないか?という気もしてきた。いったい誰が迫真の演技なんて期待しているのだろうか?
そして我に返ると、そのスガ・シカオがスロットでいくら負けたとか、キャバクラでいくら遣った!とかを得意げに話していた。 どうしてバカはどいつもコイツも、こー言動も行動も似ているのだろう?と思った。 そしてオレ達のような奴らは俗に言うホワイトカラーなんてのや、その女優のようにキレイなオンナとは一生縁が無いと改めて悟った。

 その後、採用の連絡があった。仕事が決まったのは実にありがたいことだが、おそろしく憂鬱にもなった。
ツタヤで今年イチオシのロックバンドらしいCDを借りたので聞いた。文学青年ヅラの気取った歌詞と、 よくあるメロディーと、よくあるリズムとよくあるアレンジと、歪んだサウンドだけだった。
最近思うのは、なんでオレはこんなにも文句と愚痴と評論家じみた能書きばっかり言っているのだろ? そー思うと心底イヤになったが、答えは簡単だった。オレ自身が満たされていないからだ。カワイイ彼女がいたり、 かっこいいバンドをやっていたり、金があったりすれば、ダサイ新人バンドにも、下らないCMにも、政治家の汚職にも、 人口の爆発にも、地球の温暖化にも腹も立たないし、そんなこと考えもしないだろう。『大河の一滴』で、 「他人をキズつける人は自分もキズつける」とかいうようなことを言っていたが、まぁ、それも無いことはないのだろう。
ふとテレビを見ると、あさっては雪か雨だといっている。しかも、あさってはオレの仕事始めの日だ。また腹が立ってきた。 それからすぐに力が抜けた。自転車のせいで足はパンパンになっていた。そして何処からか、(いくら漕いでも出口は無いぜ!) とトドメの一言を言われたような気がした。だが、それは紛れも無くオレの声だった。 もう一人のオレが、わざわざオレに、けしかけただけのことだ。

(空中都市)
「じゃ、みんなに紹介する。彼が長谷川クンだ。彼は元自衛隊出身でヘリコプターとか戦車とか 運転してたんだっけ? ねぇー?長谷川クン」

といって親方は、そのウドの大木みたい奴にネコ撫で声を出した。

「ええ」

「じゃぁ、長谷川クンの方からも何か言って貰おうかな」

「えー、自分は長谷川です。よろしく」

それだけかい?とみんなズッコケッたいのをガマンして、パラパラと拍手が起こった。

「まぁ、オマエらだけじゃ納期どうりにできそーもないしな」

ちらっとオレと荒井を見てニヤリとした。

「じゃぁ、作業始め!」

そして作業が始まった。ところが、この長谷川っつーのが体ばかりでかくて、細かい神経は全く無いんじゃないか? というような男だった。絵に描いたような足でまといのデクノボーだった。
そして10時の一服がやってきた。長谷川はおもむろにカバンの中からから牛乳の1Lパックを取り出し、およそ10秒でそれを飲み干した。

「やっぱり長谷川クンは、ほふく前進とか出来るのかな?」

と親方はマヌケなことを聞いた。

「えー、自分はやります!」

「ほー」

しばし感心。

「オマエら2人も、ほふく前進教えてもらえ!」

オマエら2人つーのは、多分オレと荒井のことだろう。そんな救いようの無いコミニュケーションが終わると、 また仕事に取り掛かった。それから長谷川は昼に3L、3時に2L、5時に1Lと、1日に6Lの牛乳を飲み干した。そして仕事が終わった。

「いやぁ、今日は長谷川クンのおかげで、はかどった!」

「いやぁー、自分は別になんも…」

ホントそうだぜ! アイツは今日1日牛乳飲んでただけじゃねーのか? 足を引っ張られたオレ達を労う言葉は? と内心思ったがどうでもイイや!んなこと…。

 クソみたいな労働から解放され、やっとウチに帰ってきた。 昨日あれだけ飲んだのに、やはり夜になると不思議と飲みたくなる、まぁ深酒しなきゃいいや、 と思い昨日のオデンの残りとともに結局痛飲した。にしてもだんだん酒だけが楽しみになってきたな…。

(現実)
 眼が覚めると体中が痒かった。換気もほとんどせず、ロクに洗濯もせず同じトレーナーとTシャツ、 スエットで暮らしていたせいだろう。腕と太股の内側と、尻の上が真っ赤になっていた。アトピーか? それともダニに食われたのだろうか? ひさしぶりにフロに入った。その赤い部分がヒリヒリとした。 フロから上がり、体じゅうに軟膏を塗りたくった。 それからまじまじと自分の顔と体を鏡で眺めた。そこには、なんとも間の抜けた男がいた。

 昔、染めていた髪も今ではすっかり黒くなって、そのなごりも無かった。鼻に開けたピアスの穴は小さく物哀しく残っていた。 そして腕にはボールペンで書いたような、せこい太陽の刺青が刻み込まれていた。 (たしかにやりたかったから、やっただけのことで後悔なんてものはないが…)
思えば髪の毛を染めたり、墨を入れたりピアスをしたことによって、なにかイイことなんてあったのだろうか? 髪が薄くなっただけだ。それと穴が開いて色が着いただけだ。そして外を歩けば、さぞ無邪気な若者に写っただろう。 オンナにチヤホヤされた覚えもない。
よく年寄りが、顔を真っ黒にして歩く女とか、奇抜な髪型とかに眉をしかめるが、あんなもん放っておけばイイのだ!とオレは思う。 鬼ゴッコをしてても、みんな家に帰るように、みんな何処かへ帰って行くんだ。それにしてもオレは取り残されたオニみたいだ。 と、どうでもイイことをボンヤリと考えた。

 そしてオムやきそばを作った。具の無いヤキソバに卵焼きを乗せただけの物だ。味はキミが想像する、全くその通りの味だ。
考えることもなければ、やることもなかった。まぁ、あさっては仕事だから、いいのさ!と中途半端に開き直った。 世間では、これを悪循環というのだろうか? 考えようが行動しようが、泣こうがワメこーが、同じ所、同じような所に戻って来る。 もし、“悪循環ナマケモノ博物館”なんてのがあったとしたら、オレはそこで結構人気者になれるかもしれない。
ガイドが小学生ぐらいの子供に向かって

「コレが悪循環に陥ったナマケモノの姿です」

オレは、くつろぎながらタバコの煙を吐き出しニッコリ笑って手を振る。そして生意気そうなガキにクソを投げ、 かわいいガイドにはドサクサに紛れて腰を振る。
ガイドと先生は

「あーゆう風には間違っても、ならないようにしましょうね!」

と、言ってメガネの端っこをキィッ!と持ち上げる。 そして次から次へと、押し寄せる修学旅行の生徒に向かって手を振る。そこまで考えて、それじゃ働いてるのと、 いっしょだ!という結論に気付いた。 まぁ、つまり、今のオレは、それ以下だ。

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この物語について 作者について 携帯電話への配信申し込み
第1話:空中都市 第6話:新宿とタモリ 第11話:キャビアとオロC 第16話:田中と松田 第21話:一本でもニンジン
第2話:ポークソテー結婚式 第7話:どらえもんと妄想 第12話:被疑者確保 第17話:ライブハウス 第22話:おでんとホモ
第3話:死ね!アルゼ 第8話:長谷川とバスガイド 第13話:演説 第18話:打ち上げ 第23話:火星のキョンキョン
第4話:テレアポとボルト 第9話:クリスマス 第14話:客 第19話:ラブホとリベンジ 第24話:スタンガンでさらば
第5話:馬糞ウニとジャッキー 第10話:研修初日と演歌 第15話:ストーカーとオヤジ 第20話:エスカレート 第25話:ラン・ラビット・ラン